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シリーズ奥州道中(17)「東北への架橋」

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年8月1日更新

台町交差点から東に伸びる奥州街道

台町交差点から東に伸びる奥州街道

 

 

  鉤の手を抜け、右手に玉石割積(たまいしわりづみ)の基礎を眺めながら道中を進むと、専念寺があります。1度は廃れてしまいましたが、由緒あるお寺を惜しみ、2代・頼氏(よりうじ)の時に再整備されました。今でも足利氏の側室や子女、幕末の御用絵師・牧野牧陵(まきのぼくりょう)の墓が残るなど、その後の盛栄を物語っています。専念寺に眠る牧陵は、生涯の多くで風景を始め、年中行事や庶民の暮らし、普請(ふしん)を描き、当時の様子を遺す資料としても貴重なものです。牧陵の作品を思い浮かべながら道中に戻り、台町交差点を右折しクランク状に進むと、内川に架かる金龍橋(きんりゅうばし)が見えてきます。常設の板橋で連城橋と同様に宿の南北を結ぶ重要な役割を果たしていました。

   金龍橋を渡ると、右手に金鶏(きんけい)神社が見えてきます。明治42年に喜連川神社に合祀(ごうし)されてしまい、現在小祠(しょうし)のみが残っています。分間延絵図(ぶんげんのぶえず)の中では鶏神社と表され、「丘の麓(ふもと)から湧き出す金鶏水が旅人の喉を潤した」とも言われるなど、喜連川の豊かな水源を物語るものの1つです。

   金鶏神社を発つと、さくら市の最北端に到着です。次回で最終回を迎えるシリーズ奥州道中は9月1日号でお知らせします。