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シリーズ奥州道中(最終回)「Road to SHIRAKAWA」

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年9月1日更新

佐久山へ続く奥州街道

佐久山へ続く奥州街道

 

 

 金鶏(きんけい)神社を発ち、鶴ヶ坂を登ったところは、分間延絵図(ぶんげんのぶえず)中で「黒羽まで六里、八溝山へ一一里半(じゅういちりはん)」と記され、道標も建っていました。このあたりから道中は県道114号を外れ、約1.5km山林を進みます。土砂で埋没しているものの未舗装のままで、弥五郎坂と共に当時の様子を留めています。途中、34番目の南和田一里塚があり、近くに楢木茶屋(ならきちゃや)もあったそうです。

  南和田(和田村)を過ぎると、奥州街道の整備された江戸初期頃まで和田村と共に「川井ノ庄桜井ノ郷」と呼ばれた河戸村に入ります。村名は「喜連川宿へ流れる江川の戸口」であることに由来し、35番目の下河戸一里塚も残されています。集落内に「タテバ」の屋号を持つ家もあることから、かつて立場(たてば)〔休憩所〕があったと推測されます。

  下河戸一里塚を背に道中を進むと、さくら市ともお別れです。桜井ノ郷を発った江戸の旅人は佐久山宿をはじめ、6つの宿を通り白河を目指していきました。