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「平成27年度人権に関する作文・イラスト」の市内入賞者作品

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年1月1日更新

さくら市内の小中高等学校では3名が入賞しました

 栃木県教育委員会では毎年、すべての人々が互いの人権を尊重し、共に生きる社会の実現を目指して、県内の小学校・中学校・高等学校および特別支援学校の児童生徒とその保護者を対象に、「人権に関する作文・イラスト」を募集し、入賞作品を発表しています。

 今年度、さくら市内の小中高等学校では以下の3名が入賞しました。

 この機会に作品に触れることで、改めて人権を身近なものとして考えてみてはいかがでしょうか。

 なお、掲載にあたり、関係者の許可を得ています。 

人権に関する作文

優秀賞

「やさしい心でつながるよろこび」 上松山小学校 3年 高秀友愛さん [PDFファイル/100KB]

「海外で学んだこと」 押上小学校 6年 横澤真実さん [PDFファイル/111KB]

「あなたの一歩で優しい社会へ」 さくら清修高等学校 1年 神戸あかりさん [PDFファイル/129KB]

(ご注意)転載等はご遠慮ください。

※高秀さんの「高」の字は、環境依存文字のため、常用漢字の「高」を使っています。

作品の紹介

上松山小学校   3年  高秀友愛さん

「やさしい心でつながるよろこび」  上松山小学校 三年 高秀 友愛 

 わたしはこの間、すごくうれしい気持ちになったことがありました。お母さんとお兄ちゃんとわたしで、電車にのった時のことです。わたしたちがすわっていると、後からこしが曲がったおじいさんがのってきました。電車はすわるせきがなくて、わたしの後ろに立っていました。おじいさんの顔を見ると、こまった顔をしているようにかんじたので、せきをゆずってあげようと思いました。でも自分で言うのははずかしいので、お母さんに相だんしました。

「自分で言ってごらん。」

とお母さんは言いました。わたしは、心ぞうがどきどきして、顔があつくなっていきましたが、なんとかゆう気を出して、

「このせきどうぞ。」

とおじいさんに言いました。おじいさんは、

「ありがとう。」

と言って、すわりました。その時、おじいさんはにこにこ顔になりました。わたしの心はすっと軽くなり、ほっとしました。そして、お母さんの顔を見上げると、

「えらかったね。ゆずってあげるやさしい気持ちが立ぱだよ。」

とほめてくれました。わたしの心の中に、じわじわとうれしい気持ちが広がり、なんだか幸せな気持ちになれました。

 そんな気持ちになれたのは、おばあちゃんのことがあったからだと思います。

 わたしには、大すきなおばあちゃんがいます。おばあちゃんはわたしにいつもやさしくしてくれました。行きたいところがあるとつれて行ってくれたり、おなかがすくとおいしい物を作ってくれたりしました。わたしはずっと、あたり前のようにおねがいをして、おばあちゃんはわたしのために、何でもしてくれました。そんな元気だったおばあちゃんでしたが、ある時びょう気になり、足やこしを上手に使えなくなってしまいました。今は歩く時に、二本のつえを使っています。大すきなおばあちゃんだからこそ、歩く時に手を引いてあげたり、に物を持ってあげたり、つらそうにしているときは、わたしにできることをせいいっぱいしています。そのたびに、おばあちゃんは、

「ありがとう。」

とにこにこ顔で言ってくれます。わたしは、少しでもおばあちゃんのやくに立てて、よろこんでくれていることがうれしいです。そして、これからもおばあちゃんのことを手つだってあげたいと思っています。

 電車でのけいけんから、だれかに親切にすることは、その人もうれしい気持ちになるし、わたし自身もあたたかい気持ちになれることが分かりました。わたしは相手がだれであっても、やさしい気持ちをもってかかわっていくことが大切だと思いました。そして、やさしい心があれば、人と人があたたかくつながっていき、みんながしあわせな気持ちになれるのだと思いました。

押上小学校    6年  横澤真実さん

「海外で学んだこと」 押上小学校 六年 横澤 真実 

 「トゥリマ・カシ」

 私が運転手さんに声をかけると、その運転手さんは、笑顔で返してくれました。ただそれだけで、私の心は「ほっ」と温かくなりました。

 これは、今年の春、インドネシアの友達に会いに行った時の出来事です。インドネシアの空港におりた私は、不安と緊張で胸がドキドキしていました。怖い表情の人、手の甲が黒色で何かを持っている人、たくさんの外国人の中での行動は思った以上に苦しいものでした。そんな時、空港で友達を見つけた時は、それまでピンと張っていたものが、ふっとゆるんだような安心感がありました。

「トゥリマ・カシ」

 これは、インドネシアの言葉で、ありがとうという意味です。この言葉は友達に初めて教えてもらった言葉でした。これ以外にも、「おはよう」や「こんにちは」などのあいさつの言葉も教えてもらいました。

 次の日、私はインドネシアの町にあるお店に買い物に行きました。会計をしようと商品を持っていった私に、インドネシアの言葉で店員が話しかけてきました。私が困っているとカタコトの日本語で一生けん命に話してくれました。おかげで、一人で安心して買い物をすることができました。とてもうれしくて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 また、別の日には、とても考えさせられる光景を目にしました。道路を歩きながら人形や服などを売っている人がたくさんいたのです。友達のお母さんに聞いてみると、

「この人たちは、貧しい生活をしている人で自分の大切な物を売って生活している人なんだよ。」

と、教えてくれました。中には、私ぐらいの子どももいました。

 初めての海外は、おどろくことがいっぱいで、今までの私の中にはなかった何かが心の中に生まれました。

「人のためにできること」

 それは、決してすごいことをするというわけではありません。運転手さんのように優しくほほえんだり、きちんと話せなくても一生けん命に伝えてくれたりすること、それがどんなに助けになるかを私は学びました。

 自分の今の生活がすべてではないことも、今回の旅で学んだことです。私は、昨年友人関係でとても悩みました。なぜ自分だけこんなつらい思いをするのだろうかと思っていました。しかし、広い世界には私よりずっとつらい思いをしながらも、精一杯生きている人がいます。少しの悩みでくじけることなく、強く生きていこうと思います。

 私は、今回学んだことを自分だけのものにせず、友達にも広げていきたいです。こまっている友達に話しかけたり、笑顔で生活したりすることを忘れず、まわりの人を大切にしていきたいです。そして、この貴重な経験をさせてくれた人達に、「トゥリマ・カシ!!」

さくら清修高等学校  1年  神戸あかりさん   

「あなたの一歩で優しい社会へ」  さくら清修高等学校 一年 神戸 あかり 

 「障害のある人や高齢者の人たちに優しい社会」とはどのような社会なのか。電車で優先席が確保されていたり、目の不自由な人のための点字ブロックが置いてあったり、また横断歩道の音楽があったり、というように、既にある「細やかな配慮が行き渡った社会」なのではないかと思われる。

 しかし、そのような設備より先に、私たち自身が自ら考え、行動することによって「障害のある人や高齢者の人たちに優しい社会」を作ることが大切なのではないだろうか。

 なぜなら、私たちが自然に高齢者の人や足腰の不自由な人に席を譲ることができたなら、優先席などをわざわざ作る必要はないわけだし、杖を使って歩いている人や目が見えなくて困っている人に対して、私たちが自然に手を差しのべられれば、点字ブロックや横断歩道の音楽の必要はなくなるからである。

 では、なぜ優先席や点字ブロック、横断歩道の音楽などが設置されているのだろうか。それは、社会が自然な心配りができる人ばかりで構成されていないためかも知れない。

 「日本人は他の国の人から親切な人が多い国だと言われている」とTVの番組で見たことがある。確かに私の周りにも親切で優しい人はたくさんいる。だが、相手が自分と関わりのない他人だとすると、歩み寄る勇気の大きさはだいぶ違ってくるのではないだろうか。

 私も実際に同様の経験をしたことがある。部活動の帰り道、駅の階段で大きな荷物を持った、足の不自由なおばあさんが一段一段ゆっくりと階段を下りていた。だが、私はその人に声をかけ、歩み寄り、手を貸すことができなかった。「大丈夫ですか?」のたった一言を言う勇気が出せなかったのである。私はおばあさんが無事に階段を下りることを見届けることしかできなかった。その時、ほんの少しの勇気も出せなかった自分がとても悔しかった。

 世の中にはこのように、心の中で思っていても実際には行動に移せないという人がたくさんいるのではないだろうか。私自身も含め、勇気を出すことが難しい人が当たり前のように声をかけ、手を差しのべることができるような社会を作ることは可能なのだろうか。きっと、このような社会を完璧に作ることは不可能だろうし、どうしたらいいのかと言われたら「自分たちが変わらなくてはならない」としか言いようがない。

 だが、そのことを真剣に考え、実行に移したいと考えているうちに、一歩ずつ実行に近づくことができるのではないかと私には思える。なぜならそのような人はさらに一歩進んで実行に移せた人に対して、うらやむ気持ちよりも「自分も行動に移そう」という気持ちの方をもつと思うからである。そして、私たちが少しずつ前に進むならば「障害のある人たちに優しい社会」に近づけるのではないだろうか。

 まずは自分が考えよう、そして一歩進んでみよう。そうすればきっと、実行することは難しくなくなるし、自然に思いやりのある行動がとれる。そして、優しい社会の実現に近づいていくと私は考える。少子高齢化社会の先端を行く日本に住んでいるのだからなおさら、互いに助け合いながら生活をしていく努力をしたい。

 このような努力により、いつかは障害のある人や高齢者の人だけでなく家族や友人達そして周囲の人すべてに優しい社会を作っていきたい。