ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織で探す > 生涯学習課 > 「平成30年度人権に関する作文」の市内入賞者作品

「平成30年度人権に関する作文」の市内入賞者作品

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年1月1日更新

さくら市内の小中高等学校では2名が入賞しました

  栃木県教育委員会では毎年、すべての人々が互いの人権を尊重し、共に生きる社会の実現を目指して、県内の小学校・中学校・高等学校および特別支援学校の児童生徒とその保護者を対象に、「人権に関する作文・イラスト」を募集し、入賞作品を発表しています。

 今年度、さくら市内の小中高等学校では次の2名が入賞しました。

 この機会に作品に触れることで、改めて人権を身近なものとして考えてみてはいかがでしょうか。

 なお、掲載にあたり、関係者の許可を得ています。 

人権に関する作文

優秀賞

「鏡」 氏家小学校 5年 斎藤瑞華 [PDFファイル/42KB]

「優しい気持ち」 喜連川小学校 4年 宮崎妃由 [PDFファイル/45KB]

(ご注意)転載等はご遠慮ください。

作品の紹介

氏家小学校 5年 斎藤瑞華さん

「鏡」  氏家小学校 5年 斎藤 瑞華 

  五年生になってクラスがえがあった。最初は、みんなと仲良くなれるか不安だったけど、仲良しの友達もいたし、明るい子ややさしい子、面白い子がたくさんいて、毎日楽しくすごしていた。

  ところが、ある子のせいで、楽しくない日がふえていった。その子は授業中、私がいやがることをしてきたり、悪口を言ってきたりした。ろう下ですれちがう時には、私の方を見てバカにするように笑ったり、足をかけて転ばそうとしたり、いじわるをしてきた。初めは頭にきて文句を言っていたけれど、そのうち、顔も見たくなくなったし、近くにいるのもいやになっていた。そのことを母に話したら、

「みんなに親切にすると、自分もやさしくしてもらえるようになるよね。逆に、人に悪口を言うと、みんなからいやな人だと思われてしまうし、人がいやがることをすると、周りをいやなふんい気にしてしまうんだよ。」

と言われ、はっとした。そういえば、私も家に帰って来ると、あの子の悪口ばかりを言っていた。それに、弟が本を読んでいる時にちょっかいを出したり、父に口答えをしたり、母に生意気な態度をとったりしていた。私も人がいやがることをし、家族のふんい気を悪くしていたことに気づき、なんだかひとりぼっちになっているかのように感じた。

 私はそんな人になりたいのではない。いつも仲良く一緒に遊んでくれる弟。私のことをとてもかわいがってくれる父。私のことを何よりも大切に考えてくれる母。家族のみんなを大切にし、毎日楽しくすごしていきたい。

 そこで、弟が散らかしたおもちゃを一緒に片付けてあげたら、弟が私の分のジュースも持ってきてくれた。父にありがとうと言ったら、父がにっこり笑い返してくれた。母に注意された時、素直にあやまったら、母がぎゅっとだきしめてくれた。私はとてもうれしかったし、いい気持ちになれた。

 学校でも、勇気を出して、あの子にやさしく接してみた。すると、だんだんあの子もやさしく接してくれるようになり、いじわるをされることが少なくなった。今では、一緒に遊んで楽しくすごせている。

  私は、「人は鏡」と同じだと感じた。相手に対してしたことが、自分に返ってくる。私の周りには、いつも笑わせてくれる人、楽しく遊んでくれる人、困っている時にやさしく声をかけて助けてくれる人がたくさんいる。私もそういうことができる人になりたい。そうすれば、みんなともっと楽しくすごすことができるはずだ。そのために、「人は鏡」という思いをわすれずに、いつも相手の気持ちを考えて、思いやりの心をもって行動していきたい。そして、みんなから信らいされる人になりたい。そのために、自分もみんなを信らいしたい。

喜連川小学校 4年 宮崎妃由さん

「優しい気持ち」 喜連川小学校 4年 宮崎 妃由 

  私は、人前で話すことに自信がありません。なぜなら、時々うまく話せずにどもってしまうからです。赤ちゃんのころ、なかなか話し出さない私を、家族はとても心配したそうですが、一歳半を過ぎて二歳になるころには、とてもよく話す子になり、安心したそうです。しかし、三歳になったころ、うまく話せないことがあり、両親は私を思って、

「大丈夫だよ。心配いらないよ。」

と、いつも励ましてくれました。

  ところが、私の話し方をまねしたり、からかったりする友だちが出てきました。私は話すことが嫌いになってしまったのです。そんな私を心配した母は、私を連れて言葉の病院に通ってくれました。訓練では、「もしもしカメさん」と言って、話すスピードを変える練習をしたり、いろいろなゲームをやりながら、自然に話せるようにしたりしました。医者からは、「心配ない。」と言われたのですが、小学校に入学する前まで通院しました。そのため、話すことに少しずつ自信が出てきました。

  しかし、小学校に入学すると、環境の変化などでうまく話せないことがあったり、スムーズに話せたりをくり返していました。

  家ではリラックスしているからか症状があまり出ないので、たくさん話したくなります。本当は話すことが大好きです。たくさんの人といろいろな話をしたり、みんなの前で意見をきちんと言ったりしたいです。でも、学校では、言葉が出てこない私のまねをしたり、からかったりする人がいるので、その度に悲しくなってしまいます。

  そんな中、私のクラスには私と同じようにうまく言葉が出てこない友だちがいます。でも、クラスの仲間はからかったり、まねをしたりしません。でも、その子が話すときにつらそうにしていると、私の姿を見ているようで、少し苦しい気持ちにもなります。でもその子はいつもにこにこしていて、とても明るいです。きっと心の強い人なのだと思います。その子に比べて私は、とても弱い人間なのかもしれません。でも、直したくても直せないのです。だから、努力しても直せないことをまねしたり、からかったりする人はいけないと思います。

 そんな経験から、私は強く思うことがあります。どんなときでも、相手の立場に立って、その人の気持ちを考えることができる人になりたいということです。「みんなと違うからおもしろい。」「みんなと違うからストレス解消に意地悪をしてもいい。」そんなことが許されてはいけないのです。母は「悲しい思いやつらい思いをした人は、他人の気持ちが分かる人になれるはず。」と教えてくれました。今までの経験で、優しい気持ちが私の中にたくさんあふれたら、嫌な経験も無だではないはずです。私は、自分がされたらうれしくなることをして、周りの人を幸せにできる人になりたいです。